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本宮
 まだ、きのうの宵宮の疲れを残しながら、できればもう1時間寝ていたかったところだけど、さあ本宮と思うと、いやでも体が目覚めてくるのです。
 いよいよ本宮の朝、乗り子たちが木方さんから、今日1日けがの無いように、そして最高の1日になるように、最後の指導を受けます。
 昨年まで乗り子だった中学生が、今年の乗り子の安全確保と、応援にまわってくれます。

 祭保存会長さんが、乗り子、練り子、場内全てに清めの塩をまいて、今日1日の無事を祈願してくださっています。

 青年団、木方さんが相寄って、今日の屋台の運行計画の再確認です。さあ、いよいよ本宮のはじまりです。

 そ〜ら、やんちきどっこいしょ!。

 村中の目を覚まさせる威勢のいいかけ声で、本宮の朝日に、屋台を蔵から出します。
 朝、屋台を蔵から練り出し、氏神様の排殿前に据え付けました。
 区長さんからのお祝いと、安全を祈願する言葉、青年団長からの決意宣言を聞いて、無事本宮の朝を迎えることができたことを実感しました。

この祭を祝して鏡割がおこなわれ、そのお神酒で、副区長さんの音頭のもと乾杯をしました。うまい酒だったなあ。
 さらに、屋台運行に関する現場監督とも言うべき「木方」(拍子木を打って調子を整える人)から、運行上の注意事項を聞き、さあ、いよいよ出発です。

(撮影:ウッシーさん)

  
(撮影:K.U 6年生)   

 出発するとすぐに、西隣りの長目と八反田地区の屋台2台と待ち合わせるのですが、その待ち合わせ場所で、計3台の屋台で練り合わせるという朝一番から威勢のいい出だしとなります。
 他の地域でも、熊野神社へ向けての道中がスタートしているようです。
 大門公民館前の、大門と加治谷地区です。
(写真提供:熊の若宮さん)


 ここから先は、屋台の運行と、熊野神社での神事の様子を並行して掲載させていただきます。ほぼこの通り、並行して祭が進められていくのです。

屋台運行

熊野神社の神事

 

 「渡御」と呼ばれる神事にあたって、神様をお旅所まで送る神輿を担ぐ、厄年を迎えた男達が各地区より集まります。まずは装束の纏方を宮司さんから教わっています。
 

 屋台は中国縦貫道の脇に据えられています。ここで、ちょっとひと休み。このあと、縦貫のトンネルを潜らせるのですが、高さがギリギリなので、泥台に鉄枠をはめて、路面をすべらせて一気に通り抜けます。


 みんなうまく纏えましたか?。
 準備万端のようですね。


 先に長目が通ります。


 いよいよ神事がはじまりました。


 

 トンネルをくぐるために、頭を下げていたので、その保守を行っています。
  

 神様が旅に使われる神輿です。屋台より小さいけど、結構肩に食い込みました。重た。
 

 本宮の中島地区魅せ場の一つ。

 役場前を西進、こまを外して、屋台を練って進みます。
 まだまだ、もっと先まで行くで!。

(撮影:Runner Jr.)
  

 渡御に先立って、猿田彦(赤天狗)が場内をしずめ、浄めるための舞いを披露します。


 7地区の代表者相寄って、屋台練りについて打ち合わせが行われています。
  

 この地域の祭の中では最も多い台数の屋台による練り合わせが繰り広げられます。
 本宮の見どころの一つですね。

(撮影:anna)
  

 いよいよお旅所まで約1.5km、神輿を進めます。

 みんなの笑顔は余裕ではありません。重くて、肩が痛くてこまっているのに、私が神輿を離れて写真などとっているもんだから、ただただ呆れている顔なのです。


 

 お旅所となるこの地域でもっとも歴史のある岩尾神社につきました。田尻地区の屋台練りが奉納されています。


 (撮影:K.U 6年生)



 (撮影:K.U 6年生)



 

 役場を過ぎると、辻川から西野へ向けて屋台を練って進ませます。これだけ練って進ませる勢いは、うちの地区ならではでしょう。

(撮影:Runner Jr.)

 

 ここでも、浄舞いが披露されます。




(撮影:Runner Jr.)


 お旅所での神事が終わり、環御(神様が戻られる)のために、再び神輿を練り出します。



 

(撮影:Runner Jr.)

 


 猿田彦が田尻屋台を先導しながら岩尾神社から熊野神社へと帰ってきました。
(写真提供:梅鬼さん)
  

(撮影:Runner Jr.)



 はあ、着いた、着いた。文字どおり、やっと肩の荷がおりるかと思うと嬉しくなって、最後の神輿の差し上げ。

(撮影:kyoro)

 このあと、いよいよ熊野神社宮入に向けて、神社裏手の待ち合わせ場所まで移動します。
 熊野神社での神事に参加した練り子も、この辺りで戻ってきます。

         

 かなり勢い良く練ってきたようで、屋根が緩みがちでしたので、本宮入を前に、ここでしっかり締め直します。
 いろいろと見せ場をこなしながらたどり着けば、予定の時刻を1時間程遅れての到着となりましたが、この遅れも予定のうちか?。

  



  


  
 (撮影:anna)

  

  


(撮影:anna)


(撮影:anna)

(撮影:kyoro)

 さあ、熊野神社の裏手に屋台が勢ぞろいして、いよいよ宮入を待つばかりとなりました。もうすぐです。
 各地区の屋台が定位置に収まり、木方会議で、1年ぶりの再開を祝う挨拶が交され、このあとの宮入について運行手順の確認が行われます。このとき会議をまとめるのが、宮元である田尻地区の木方さんです。

 この会議のあいだ、練り子達はしばし休憩が入ります。この時ばかりは、同窓会状態です。遠方からの帰省組みもいるだけに、本当に懐かしい、楽しい、祭の一駒です。

いよいよ宮入です

ここでの順番と実際の宮入の順番とは必ずしも一致しておりませんので、ご容赦のほど。

 まずは宮元田尻地区からの宮入です。

(写真提供:熊の若宮さん)


(撮影:anna)

大門地区です。


(写真提供:熊の若宮さん)

西野地区です

(撮影:anna)


(写真提供:熊の若宮さん)

加治谷地区です。

(写真提供:熊の若宮さん)

ここちらは、西光寺地区



(撮影:anna)

辻川地区です。

(写真提供:熊の若宮さん)


(写真提供:熊の若宮さん)




こちらは吉田地区ですね


北野地区です


(写真提供:熊の若宮さん)

そして、わが中島地区です
(撮影:anna)



(撮影:anna)

(撮影:anna)

(撮影:anna)



八反田地区です

2004年度新調の長目地区

(写真提供:熊の若宮さん)


(写真提供:熊の若宮さん)


(写真提供:熊の若宮さん)

井ノ口地区です

(写真提供:熊の若宮さん)



(写真提供:熊の若宮さん)
バックの色の違いは、各地区の代表カラーです。はちまきや、法被に使われている色です。


 宮入を終えると、田尻地区の子供会(6年生の女の子)による浦安の舞いの奉納と、再び浄舞いが披露されます。
(写真提供:熊の若宮さん)


(写真提供:熊の若宮さん)


 ここ熊野神社では、宮入の順序とは逆に宮出をする事になっています。最後に宮入りしたところだと、せいぜい30分程度の休憩時間しかありません。
   各地区の木方さんが相寄って、宮出の打ち合わせと、また来年の再会を祈願して、
「さ〜らば、さ〜らば、笹の葉、
 よ〜来、たよの葉、
 ま〜た来い、松の葉」
と、歌にあわせて木が入ります。

 よの葉が何の木かわからなかったのですが、松竹梅をあしらった歌と言うことからすれば、「梅」のことのようです。

とうとう宮出です


(撮影:anna)

(撮影:anna)


(撮影:anna)
 宮出を惜しむように、鳥居をくぐりかけては場内へもどり、また出かけては場内へもどり、最後の勇姿を祭を見守り声援を送ってくださったみなさんへ、感謝の気持ちを込めてしっかりと見ていただいて、とうとう鳥居をくぐりきりました。

 そして、鳥居を出てから大通りまでの300mの練り出しも、うちの地区ならではのパフォーマンスです。

 宮出を済ませ、再び自分たちの地区へ戻ります。 日も沈み、寂しさが隠せません。



また来年の再開を誓って、八反田地区と「さ〜らば」で、別れたところです。
 自分たちの地区へ戻る途中、同じ氏子の西光寺地区の住吉神社へ宮入りします。
 どうや、ライトアップもされて見事やろ。


(撮影:ウッシーさん)

 西光寺とも、区境のところで「さ〜らば」の挨拶を交して、やっと上中嶋公民館まで戻ってきました。このとき、夜の8時になろうとしています。


 は〜、やっと一息。
 ここでは、乗り子のおかあさんたちが夕方から、おにぎり、味噌汁、そしておでんをしこんで待っていてくれます。これが、うまい!。

 いつも、ご苦労様です。ありがとうございます。


(撮影:kyoro)

 お腹も膨れたし、もういっちょー見せたろかい!。
(撮影:kyoro)
 そして、朝出発した與位神社へと帰っていきます。

 せまいから気をつけろ。



 そして、やっと氏神神社のたもとまで帰ってきましたが、再び地区内に、今年最後の御披露目をすべく、北のはしから南のはしまで、もう一度引き回します。

 このとき、各端の休憩場所で飲む熱澗がうまい、うまい。



 さあそして、本当の本当に最後の練り合わせを、氏神の前に披露します。
 もう、バッテリーも残り少なく、ライトの輝きもなくなってきている。
 それでも、まだ練られる。

 熊野神社の宮出よりも少ない人数かもしれないが、もうこれが最後だと思うと、あのとき以上に屋台があがるのです。
 特に、昼間、屋台練りを遠慮して見学側だった年寄り組みも屋台について、存分に屋台を練ります。

 エンドレス目指して。へばるまで。

 

 最後は、恒例の屋台練り競争。
 40歳を境に、前と後ろに人数割りして、へばらずに練り通した方の勝ちです。
 いやあ、このときばかりは年寄り組みはほんまに底力を発揮して、例年通り勝ち名乗りを挙げそうなところまでいきましたが、最近は青年組みが粘り通して、持久戦を征しています。

 今年の勝敗はいかに。



 夜も11時を過ぎました。

 2日間の祭の、本当の終りです。幕、堤灯をはずし、太鼓を外し蔵にしまいます。

  

 「画像の再読み込み」か「ページの更新(リロード)」を実行していただくと、蔵が再び開きます。

「さあらば、さあらば、笹の葉。
 よう来た、よの葉。
 また来い、松の葉。」

 最後に手拍子に合わせた、今日一日の業を成し終えた満足感と名残を惜しむ歌といっしょに、屋台蔵の扉が再び閉ざされました。

 最後に、早くから祭の準備にあたってくれた青年団長から、祭の成功を喜ぶ言葉と、地区の方への感謝の気持ちを伝えて、この年の祭が終わりました。

 みんな、本当にご苦労さまでした。

 ありがとう。

 また来年もがんばろうな。

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